富んで秘す単曲面

吉川醸造は昨日が2023年の仕事納めでした。
(蔵内は完全な休日はありませんし直売所は30日も開きますが)

 

来年本格化するであろう訴訟の件はもとより、あらゆる面でご支援いただいた多くの皆様に、この場を借りてお礼申し上げます。

 

 

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元日のインスタ投稿用に、先日のニューヨーク行商中に撮った写真を漁っていて気づいたことがあったので書いてみます。

 

麻布台ヒルズの設計でご一緒していたヘザウィック・スタジオ(ロンドン)による作品3つに、短時間ではありますが立ち寄ることができました。

あらゆる様式の建築が所せましと建ち並ぶニューヨークでもとりわけ異彩を放っています。

 

 

 

 1. Lantern HouseHeatherwick Studio 麻布台ヒルズ ニューヨーク

 

 

2. Little IslandHeatherwick Studio 麻布台ヒルズ ニューヨーク

 

 

3. Vessel

Heatherwick Studio 麻布台ヒルズ ニューヨーク

いずれも一目でヘザウィック作品とわかるものですが、写真を見てようやく「おやっ、これは単曲面だったのか」と理解したのです。

 

 

説明します。

 

 

空間幾何学的に「面」は大きく平面と曲面に分けられ、「曲面」は大きく単曲面と複曲面に分類できます。

 

ざっくりいうと、紙(平面)を曲げてつくれるのが単曲面で、つくれないのが複曲面です。

空間幾何学

緑色が単曲面、紫色が複曲面です。(ReseachGateより)空間幾何学

(建築の現場ではそれぞれ二次曲面、三次曲面とも呼んでいましたが厳密には誤りのようです)

 

 

建築というサイズ感のプロダクトをつくるときに、より「リッチ」に見えることが多い複曲面を採用したくても、実現するには技術的な、あるいはコスト的な問題が生じてしまい、平面や単曲面に置き換えることもしばしばです。

 

 

(引用)VICC様のブログより

米国のマーケティング情報サイトPriceonomicsによるFrank Gehry設計の建築物に関する記事には下記のような記述があります。

問題は、Gehry自身の手によって模型で作られるこれらの形状を実際に安定した建築物として建設することが挑戦的であるということだ。建設費も非常に高額になりやすい。板ガラスや板金のようなシート状の単位部材では、単曲面は平面の5倍、複曲面は単曲面のさらに5倍ものコストを要し得る。(The problem is that these gestural shapes are challenging to construct as actual, stable architecture. They also tend to be very expensive to build. For sheet materials such as glass or metal, a unit with double curvature (for example, shaped like a saddle or dome) can cost up to five times as much as one curved in a single direction (for example, shaped like a cone or cylinder), which, in turn, can cost up to five times as much as the flat material. )

[引用元: https://priceonomics.com/the-software-behind-frank-gehrys-geometrically/]

(太字筆者。Frank GehryについてはWikipediaで。)

 

 

極論すると複曲面を採用した建築の外装コストは、同じような表面積のビルと比べて25倍に到達し得るという試算です。

 

もちろん曲面の構成様態(金型によるプレスや鋳造で小部材が大量生産できるかどうか等)にもよりますが、「建築という単品生産物を」「複曲面で」「金型使い回し等の手段によらず」つくる場合にはまさにケタ違いのお金がかかるということになります。

 

ヘザウィック作品を見て(建築の専門家でなくとも)多くの方が持たれるであろう「ゴー☆ジャス」「どんだけリッチ」という感想は、故なきことではなかったのです。

 

 

しかし、改めて写真を確認したところ、作品の大部分が平面の組合せや平面+単曲面の組合せで構成されており、複曲面の部分は面が集中する頂点付近などごく一部であることがわかりました。

 

少なくとも民間のクライアントであれば、自身がお金を出した建物が(掛かったコストに対して)リッチに見えることはウェルカムです。

 

ヘザウィック作品のリッチ感/コスト比は極めて高いというべきでしょう。

 

 

 

 

さらに詳細に説明してみます。

 

 

1.ランタンハウス(Lantern House)については、その名の通りランタンのようにぷくっと膨らんだ窓面も、細かく見ると平面の板ガラスで構成されているのがお分かりでしょう。

 

 

2.リトルアイランド(Little Island)。

ポッドと呼ばれるユニットの平面形状が五角形であるところがミソです。

 

(引用)日経XTECHより:

 通常、プレキャストコンクリートは繰り返しのモジュールが多いことでコスト面や生産効率などのメリットを発揮する。それぞれの部材形状がばらばらだと、このメリットが発揮できない。

(中略)

「カイロ・ペンタゴン・タイリング」と呼ばれるタイルパターン(写真:Arup)ヘザウィック

 モジュールの問題は「カイロ・ペンタゴン・タイリング」という五角形のタイルパターンを採用することで解決を図った。一見バラバラなポッドの形状だが、平面的にはほとんどのポッドが同じ形をしている。カイロペンタゴンを基本として三次元的に形状の異なる十数種類のポッドをつくり、異なる勾配のポッド同士を様々な方向に並べることで、ランダムな見た目を実現したのだ。

(太字筆者)

 

 

 

もしタイルパターンが長方形や正方形でコーナーが矩(かね。直角であること)になっていたとしたら、人間の視覚特性からして側面の平面性がより強調されたはずです。

 Heatherwick Studio 麻布台ヒルズ ニューヨーク

パターンが五角形になっていることでその要素が薄まり、全体が平面でも単曲面でもなく、繰り返しの印象もなくなって、よりリッチな複曲面の構成に見えるというのが凄いところです。

 

 

平面と単曲面の組合せが主であることが分かりやすい写真Heatherwick Studio 麻布台ヒルズ ニューヨーク

 

 

 

さらに凄まじいのが、3.ヴェッセル(Vessel)です。

 

高さは約45m。用途は展望台とされていますが、2019年のオープン以降、事故が相次いだということで現在は封鎖され一段も登れません。(Wikipedia

 

 

屋根もない壁もない、ついでに柱もない異形ぶり。Heatherwick Studio 麻布台ヒルズ ニューヨーク

 

 

見上げると反射率の極めて高いピンクゴールドの素材で、かつ単曲面を複曲面に見せるようなスクープ(えぐり)の施されたパネル構成となっており、幻惑的です。Heatherwick Studio 麻布台ヒルズ ニューヨークHeatherwick Studio 麻布台ヒルズ ニューヨーク

 

 

訪れた人々が「これをつくった人はリッチに違いない」という感覚を共有するということは、裏返すと「富の象徴」としても機能するということです。

(オイルマネー潤沢な国々で巨大建築物が軒並みグイグイと曲面を描いているのは偶然ではありません)

 

 

2億ドルかけてつくられた、見るよりも見られるための展望台。

ニューヨークの富を象徴する装置として、完璧に機能しています。

 

 

 

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ここで、「富」という文字の由来(起源)について。

 

富の象徴

 

ウかんむりの下の「」は、酒壺を表したものなのです。

 

 

 

(引用)ゴット先生の京都古代文字案内より

 

ふっくらと丸みを帯びた当時の酒壺は「満ち足りた豊かさ」を感じさせるものでした。そのふっくらとした酒壺をたくさん並べ、祖先を祀る行事を盛大に行うことができることは、その一族(一家)の「豊かさ」を表すシンボルでした。そこから生まれた字が、「富」という字です。「宀うかんむり」は祭りが行われる建物を表し、中には酒壺が置かれています。まさに、たくさんの酒壺や供え物を飾ることが「富」の象徴でした。

 

今でこそ「富」の象徴は、お金や土地・建物などの「財産」ということなのでしょうが、古くは、いかに多くのお供え物を祖先の霊にささげることができるかが、一つの「富」のバロメーターでした。

 (太字筆者)

 

 

 

もうおわかりでしょう(えっ?)

 

 

 

Vessel(「液体を入れる容器」という意味です)は、世界最大の酒壺だったのです。

 

ニューヨークという「世界の中心」に置かれた、巨大な富の象徴としての酒壺。Heatherwick Studio 麻布台ヒルズ ニューヨーク

 

 

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2024年、「富」や「福」が皆様のもとに訪れますように。

 

それには「富の象徴」、ラッキーアイテムとして酒壺(もちろんリッチな複曲面で構成)を購入されることをお勧めします。

 

「一家にひと壺」などとケチ臭いことを言わず、二壺三壺、、、と酒壺を揃えて、床の間にでもお供えするのが吉でしょう。吉川醸造 壺

 

 

 

何でしょうこのオチ。ただでさえ敏感な時期だというのに。

 

 

来年もよろしくお願いいたします。

 

 

GN

 

 

 

登る時間もどうせなかったのですが。その異次元ぶりはMVでご覧ください。

The Chainsmokers, ILLENIUM - Takeaway